研究の進め方に関する基本的な考え方(学生さん向け)

1. 創ること(工学)で,人に対する理解を深める(科学)

本研究室では,「人こそ,知識資源である」と考えており,実世界で活動する人のインテリジェンスをどのように活かすか,また,人のインテリジェンスを計算機でどのように拡張するか,に興味をもっています. 実世界指向コンピューティング技術,マルチモーダルセンシング技術などの開発によって, 人の協調活動の状態を理解・推定し,人の活動を拡張するための研究をしています.

本研究室を主宰する教員は, 情報通信,知能ロボティクス系の研究所の出身です.したがって,そのようなバックグラウンドからの研究方法論が,研究に入っています. 研究方法論や考えは,「創る」という工学の考え方で,創ること(工学)で,人に対する理解を深める(科学) という立場です.これは,次の理由によります.
(1)人を対象とした情報システムの設計においては, 本質的に何を支援すべきかが分からなければ意味が無いため, システム設計の基礎として,人に対する深い理解があるべきである.
(2)人に対して理解を深めるには,実世界における人の振舞い,人が作り出す現象を捉えるための道具や仕組みを作り出さなければならない.

本研究室では,人工知能,知能ロボティクス,機械学習,確率統計,複雑系の数理など,工学的側面の強い技術を応用して, 人の内的処理プロセスの解明に迫りたいと考えています. したがって,本研究室では,「人の振舞いの生成プロセスに対して基礎的な興味」をもって,道具(手段)として数学・確率統計を使い,複雑性の高い人の挙動・内的状態をモデル化・理解する取り組みを進めます.

2. 研究を支える基礎

以下は,本研究で扱う範囲の一部で,理系的な学問領域が主軸となりますが, 研究を進める上では,文系領域も含めて広範な学問領域に対して,強い興味をもって自発的に学び続ける意欲・学究心が必要だと思います.

(確率的なモデリングなど工学的な手法の一部は,岡田の授業「データアナリティクス」でも取り扱います.数学およびプログラミングに関する基礎的な素養があれば,ある程度は自学自習できます.解きたい問題を具体的に想定して,必要な知識・スキルを,必要に応じて勉強してもらえば良いと思います.また,ゼミ生同士で輪講を行うなどして,相互に学習してもらえば良いです.)

3. 研究とは,「新しい考え方を創る」こと

「新しい考え方を創る」のが研究であって,本研究室では,
・プログラミングは,考えを実装するための手段
・データ解析は,考えの正しさを確かめる手段
と考えています. したがって,本研究室では,モデリング,プログラミング,データ解析を実践的に進めます.

4. 問いを立てる力

研究は, 問いを立てる力(検証・反証できる形での問いの形成)が本質であると思っています. この点に関連して, [酒井2006]には,「究極の試験問題」として,「これが解ければ,あなたは優れた研究者である.」という問題が載っています.実際に研究者が行う活動は,まさにこのプロセスであり,優れた問題設定を行うことは研究の核心であると思っています.

次の質問に答えよ.
問題1: 何かおもしろい問題を考えよ.
問題2: 問題1で作った問題に答えよ.

(出典:酒井 邦嘉,「科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか 」,中央公論新社,東京,2006)

5. 科学とは,完成のない芸術である

[酒井2006]は,研究とはどのような営みなのか,その考え方や研究倫理も含めて,非常に真摯に記された良書であり,研究という活動を始め,継続するにあたり,参考になるため,研究を志す学生には一読を勧めます.「科学は完成のない芸術である」,研究者の「”孤高”という誇り」など,真摯かつ力強いメッセージに勇気づけられます.

工学(応用学である情報学も)は,科学を基礎としてその上に成り立っています.「科学を勉強する原動力は憧れである」(益川)[山中2011]と思いますので,自分の知らない世界の原理を知りたいと憧れ,そして,その原理の解明に向かって努力できる人は,研究に向いているだろうと思います.

[酒井2006] 酒井 邦嘉,「科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか 」,中央公論新社,東京,2006

[山中2011] 山中 伸弥,益川 敏英,「大発見」の思考法,文藝春秋,東京,2011.

6. 「行動の果てしない連続性」によって,自分自身がもつ可能性に挑戦する

研究室配属前までは,「学校に来たら,先生が教えてくれる」という状況で,学生さんは受け身だったと思います. すなわち,教育者が学習を駆動していて,学習をキックしているのは教員だったと考えます.しかし,研究室配属後からは,学び方は変わらなければなりません. 「何を学び,どう行動するか」を学生さんが自分で考え,主体的・能動的に学ぶことが必要です. すなわち,学習者自身が,学習を駆動することが大切で,学習をキックするのは学生さん自身です. 「教えてもらってない」というのではなく,「自ら学び成長する」ことに学生さん自身が責任をもって欲しいと思っています. 大学の研究室とは,「自ら学び,自ら成長するという意志をもった学生」を応援する場である,と思います.

「千里の道も一歩から」という言葉がありますが,実際には,とりあえず一歩踏み出してみれば必ず千里(目標)に到達できる,というわけではないと思います.言うまでもなく,一歩と千里の間には,大きな隔たりがあり,また,平坦な一本道が続くわけでもありません.大切なことは,歩き続けることだと思います.千里の道中には様々な状況があり得て,その様々な状況の中でも「歩き続ける意思」を持ち続け,目標に至るまで「行動の果てしない連続性」を実現することが大切だと思います.これは,口で言うほどに簡単なことではありませんが,目標をもって真剣に取り組み続けない限り,成長はできないというのが,実際のところだろうと思います.「自分自身で状況をドライブして謙虚に,しかし能動的に学ぶこと」が,自分自身がもつ可能性に挑戦し,そして,自分の未来を切り拓くための数少ない方法であろうと思います.

「志」のある若い人の可能性は無限で,目標設定次第で,どこまでも伸びられると思っています. 意欲と信念のある学生の中から,未来の研究者が育ってくれることを願っています.

謝辞

岡田の教育観・研究観は,京大時代に厳しく指導下さった先生方の教育理念に負うところが大きいと思っております.末筆ながら,ここに,深く感謝申し上げます.